1)吸収・排泄
3H放射性標識スペクチノマイシンをラットに経口、または筋肉内注射(5mg/kg体重)したところ、経口では10~84%が糞便に、5%が尿中に排出され、筋注では66%が糞便に、10~20%が尿中に排泄された。腎、肝、筋、脂肪中への分布は非常に低い。
イヌに経口的に単回投与(100、300mg/kg体重)し、血漿サンプルの抗菌活性を測定した。ピーク濃度は4時間後になり、100mg群と500mg群は、それぞれ22と80mg/mlであり、血漿中濃度の半減期は100mg群で約3時間であった。
羊に単回静注または筋注投与(2mg/kg体重)した抗菌活性の測定で、静注6時間で測定不能となり、半減期は1時間であった。筋注では半減期は3時間で、8時間後同定不能になった。
豚に3H-スペクチノマイシンを単回経口投与(44mg/kg体重)すると、24時間後79%は胃腸管より回収され、尿中は約3%であった。また、豚に単回静注(20、40mg/kg体重)、または単回筋注(40mg/kg体重)すると、殆どは、12時間以内に尿中に排泄された。
牛にスペクチノマイシンを単回、静注、または筋注(20mg/kg体重)し、抗菌活性を生乳と血漿で測定した。静注後は速やかに減少し、6時間で検出不能となり、半減期は1時間であった。筋注投与では、半減期は3時間で、8時間で血漿中に測定不能になった。放射性標識硫酸スペクチノマイシン(0.15mg/kg体重)を単回筋注したところ、24または72時間後の肝、肺、腎、筋での放射活性は非常に低く、1%以下であった。
去勢牛に筋注で4日間(20mg/kg体重/日)投与し、6時間、3日、7日後に屠殺した。大部分は24時間の尿中に排泄し、78%は7日間で回収した。6時間後には肝、腎、筋、脂肪で高濃度(1~1.5%)に達し、3日目には0.3~0.6%に減少、さらに7日目には0.1~0.3%に減じた。
ヒトでは経口投与後の吸収は少ない。筋注投与では速やかに吸収され、血漿中のピーク濃度は(30mg/kg体重)群では1時間、(60mg/kg体重)群では、2時間であった。血漿中半減期は約2時間で、約75%が尿中に排泄された。しかし、腎障害患者は半減期が4.7から27時間と延長する。この薬は泌尿器系組織への分布を認めるが、脳脊髄液には達しない。
薬物代謝:ヒトでは代謝されず、70~100%は投与48時間以内に尿中未変化体として排泄される。動物での情報はない。
2)毒性試験
(1)単回投与試験
スペクチノマイシンの硫酸塩と塩酸塩はマウス、ラットにおいて腹腔内投与のLD50はしばしば3,000mg/kg体重未満であるが、経口投与では3,000~20,000mg/kg体重であった。
イヌでは経口投与で1,000mg/kg体重、サルでは経口投与で500mg/kg体重であった。
(2)反復投与試験
ラットを用いた28日間皮下投与試験(0、30、100、300mg/kg体重/日)において、臨床症状、病理組織学的所見、器官重量等に影響はなかったが、雄の300mg/kg体重群で体重減少が認められた。本試験のNOELは100mg/kg体重/日であった。
イヌを用いた28日間経口投与試験(0、100、250、500、750、1,000mg/kg体重/日)において、1,000mg/kg体重群で軟便の発生頻度の増加が認められた。臨床検査値、剖検所見及び顕微鏡による観察においても異常は認められなかった。本試験のNOELは750mg/kg体重/日であった。
(3)遺伝毒性試験
細菌を用いる復帰突然変異試験、ほ乳類培養細胞を用いる遺伝子突然変異試験、不定期DNA合成試験、ほ乳類培養細胞を用いる染色体異常試験、げっ歯類を用いる小核試験が行われ、結果はすべて陰性であった。従って、問題となるような遺伝毒性は無いものと考えられる。
(4)発がん性試験
発がん性試験は実施されていないが、スペクチノマイシンは既存の発がん性物質と構造類似性がなく、遺伝毒性試験において陰性の結果が得られていることから、発がん性の可能性は、著しく低いと判断された。
(5)生殖毒性試験
雄10匹、雌20匹/群のラットを用いた3世代生殖毒性試験(0、100、200、400mg/kg体重/日:混餌投与:10週間投与した後に、最初の2世代の親動物は2回、3世代目の親動物は3回交配した。)では、生存率、体重増加量、飼料摂取量は影響を受けなかった。400mg/kg群では、妊娠率が有意に減少した。生存児の性比も第2、第3世代で対照群に比較すると減少した。F1~F3世代では剖検結果に異常は認められなかったが、F1b世代の一部では高用量の2群において病理組織学的検査によって、肝細胞の肥大と肝細胞の細胞質内で好塩基性の凝集物が認められた。本試験のNOELは100mg/kg体重/日であった。
(6)催奇形性試験
マウスを用いた催奇形性試験(20~21匹/群;0、400、1,600mg/kg体重/日を妊娠7~12日に腹腔内投与)では、母体重、1腹あたりの着床数、胎児死亡率、性比、児の平均体重、外観・内臓の異常、骨格発達の影響は認められなかった。ラットを用いた催奇形性試験(10匹/群;0、100、300、1,000、3,000mg/kg体重/日を妊娠6~15日に強制経口投与)では、母体に影響はなく、胎児の内臓、骨格の奇形も認められなかった。
ウサギを用いた催奇形性試験(13匹/群;0、150、300mg/kg体重/日を妊娠8~18日に皮下投与)では、妊娠率、着床前胚死亡率に影響は認められなかった。1腹あたりの児の数、体重は投与群で減少したが、胚と胎児の死亡や奇形は認められなかった。
豚を用いた催奇形性試験(8匹/群;0、75、150mg/kg体重/日を妊娠12~42日に筋肉内投与)では、75mg/kg体重群の1頭、150mg/kg体重群の2頭で注射部位に局所反応が認められ、第1週目に全群に一過性の体重減少が認められたが、第2週目では回復した。妊娠率、児に関する指標、胚と胎児の発育への影響は見られなかった。
(7)特殊試験
a) 刺激性に関する試験
スペクチノマイシンをベンジルアルコールとカルボキシルメチルセルロースに溶解し筋肉内投与したところ、投与部位において局部の出血と壊死が認められた。塩酸スペクチノマイシンを溶媒を用いずに直接にウサギの目に適用したところ、軽度な結膜炎が認められた。ウサギの剃毛・非剃毛の皮膚に対して、24時間密封包帯し5日間適用した場合においても刺激性はみられなかった。
b) 聴器毒性に関する試験
ネコを用いた75~90日間投与筋肉内投与試験(0、30、60、120mg/kg体重/日)では、蝸牛管機能に異常はみられなかった。
(8)腸内細菌叢に関する試験
ヒト消化管内の細菌叢に存在する、Bacteroides, Peptostreptococcus, Fusobacterium, Eubacterium, Clostridium spp. を含む代表的な多くの嫌気性菌のMIC50値は50mg/mlより大きかった。Bifidobacterium spp.はより感受性が高く、MICは2~32mg/mlであった。接種密度が細胞数106の場合、16mg/ml、細胞数が104の場合、8mg/mlであり、MIC値は16mg/mlを採用した。
(9)ヒトにおける所見
スペクチノマイシンの臨床試験では、副作用として単回投与後、蕁麻疹、めまい、吐き気、寒気、発熱が報告されている。アナフィラキシー反応の報告はまれであった。
健常人のボランティアに対してスペクチノマイシン130mg/kg体重/日を21日間筋肉内投与したところ、聴器毒性の徴候は認められなかった。
3)ADIの設定
以上の試験成績から次のようにADIが算定された。
まず、本剤は比較的毒性の弱い製剤であり、最小のNOELはラットを用いた3世代生殖毒性試験の100mg/kg体重/日であった。このため、細菌学的なADIを計算することとした。