一覧へ戻る 平成13年08月23日 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会 毒性・器具容器包装合同部会の審議結果概要 - 資料3 本文へ戻る資料3 フタル酸ジイソノニル(DINP)の毒性評価について 食品保健部基準課 フタル酸ジイソノニル(DINP)の毒性評価について、概要をとりまとめたものである。 1 DINPの構造と製品 DINPはフタル酸とC9アルコールとのエステル体であるが、そのアルコール側鎖は多くの異性体からなり、混合物として製造、販売、使用されている。CAS番号としては2つ与えられているが、製品としては3種ある。DINP-1と呼ばれているものはCASが68515-48-0で、主に3,4-、4,6-、3,6-、3,5-、4,5-および5,6-dimethyl-heptanol、少量のmethyl octanolとiso-decanolとフタル酸とのエステル体である。DINP-2はCASが28553-12-0で主にdimethyl heptanolとmethyl octanol、少量のmethyl ethyl hexanolとn-nonanolとフタル酸とのエステルである。DINP-3もCASは28553-12-0でtrimethyl hexanolとdimethyl heptanolの比が約3:1の混合物とフタル酸とのエステルであるが、現在は製造されていない。 2 体内動態 (1) 吸収 皮膚吸収については、14C-DINPのラットにおける皮膚吸収は適応後7日間において2-4%であった(Midwest Research Institute M. 1983)。ヒト及びラットの皮膚を用いたin vitroの吸収性試験の結果ではヒトの皮膚の吸収はラットより遅い(Scott et al 1987)。プラスチックフィルム中のDEHPの吸収はDEHPそのものの場合より少ないと報告されており(Deisinger et al 1998)、DINPにもこれが当てはまると推定できる。約2500mg/kgをラットに経口投与したときの結果では72時間以内に85%が糞中に、12%が尿中に排泄された。糞中排泄の殆どが24時間以内に認められたことから経口での吸収率は約12%と推定される(Hazleton 1972)。一方、50、150、500mg/kgを単回あるいは5日間雌雄のラットに連続投与した結果では低用量の単回投与では少なくとも49%が吸収されたが、高用量及び反復投与では吸収は低下した(Midwest Research Institute M. 1983)。 消化管吸収については、ラットに14C-DINPを経口投与した場合、尿中代謝物の多くはフタル酸あるいはモノエステルの側鎖が酸化されたものである(Midwest Research Institute M. NJ 1983)。用量が高くなるとフタル酸の存在比が低下する。モノエステルやDINP自身は殆ど尿中に現れない。50mg/kgを投与したのちに糞中に現れる放射活性のうち8%が未変化体であった。500mg/kg投与時は41%であった。即ち、代謝における飽和があるものと思われる。肝及び精巣における主代謝物はモノエステルあるいはその側鎖が酸化されたものである。反復投与によってもこの代謝パターンは変わらない。 要約すると、DINPはモノエステル体へと脱エステル化されたのちにエステル基の側鎖が酸化を受けるかあるいは更に加水分解されフタル酸に変換する。また、用量が高くなると酸化体の割合は上昇し、フタル酸への加水分解は低下する。 (2) 分布 放射線でラベルしていないDINP(約2500mg/kg)を4日間反復投与した後同量の14C-DINPを経口投与したところ3日後で組織1g中に投与量の0.001%以上の14C-DINPを含む組織は無かった(Hazleton 1972)。なお、肝臓への分布が最も多かった。14C-DINPを経口投与した雌雄のラットでは放射活性は組織中から速やかに消失した。投与1時間目での分布量は肝で投与量の4.7%、腎で0.31%、及び血液中に1.62%であった。脂肪や精巣中にも代謝物が若干存在した。蓄積性は認められなかった。 (3) 排泄 主たる排泄経路は尿と糞であり、低用量では両者ほぼ同程度であるが用量が高い場合には糞中排泄が多い。反復投与ではモノエステル体の側鎖の酸化体が多くなる(Midwest Research Institute M. 1983)。 3 一般毒性及び発がん性 Lingtonらの報告では、雌雄のF344ラットに0、0.03、0.3、0.6%(雄:0, 15, 152, 307mg/kg bw;雌:0, 18, 184, 375mg/kg bw)のDINP混餌食を2年間与えた結果、0.3及び0.6%群の雄で有意な体重減少、肝、腎の比重量の増加、0.6%の雄で貧血、0.3%以上の雄で軽度の肝機能障害が認められ、病理組織学的には0.6%群の雌雄で肝細胞肥大、雄で腎尿細管の色素沈着が観察されたが、ペルオキシゾームの増殖はみられなかった。また、単核球性白血病を除いては投与に起因する腫瘍あるいは前癌性病変の増加は認められなかった。肝機能障害や貧血は単核球性白血病による二次的な影響とみなされている。単核球性白血病はF344ラットに特有の病変であり、ヒトには外挿出来ないと考えられている。本試験のNOAELは15mg/kg bwである。 DINPによる肝ペルオキシゾームの増殖作用は、3ないし13週間の試験では0.6%以上の投与量で認められており、その作用には代謝物であるmonoesterが関与している。 Mooreらは雌雄のF344ラットに0、 0.05、0.15、0.6、1.2%(雄:0, 29, 88, 358, 733mg/kg bw;雌:0, 36, 109, 442, 885mg/kg bw)のDINP混餌食を2年間与えた結果、0.6%以上で軽度の体重減少及び肝腎の比重量の増加、肝細胞肥大、尿細管上皮の色素沈着(雌雄)、腎乳頭の鉱質沈着(雄)の頻度が増加した。なお、DINPを78週投与後基礎食に切り替え、さらに26週間観察した結果、これらの病変は対照レベルまでに回復した。腫瘍性病変は1.2%の雄で肝細胞癌、雌雄で肝細胞腺腫の発生頻度が有意に増加し、雄の0.6%以上で腎腫瘍の増加がみられたが、腎腫瘍はalpha 2u-globulin 沈着による二次的な影響と考えられている。従って0.15%(108.6mg/kg/day)がNOEL、0.6%がNOAELと判断されている。しかし、雌ではこの用量でも有意な血液、血清生化学的変動(赤血球数、血糖値の減少、ヘマトクリット、MCH、AST、アルブミン、グロブリンの増加)、最低用量の0.05%(36.4mg/kg/day)雄でも血糖値の低下とビリルビンの増加が認められており、NOELの設定については議論の余地がある。 Mooreらは雌雄のB6C3F1マウスに0、500、1500、4000、8000ppm(雄:0、90、276、742、1560mg/kg bw;雌:0、112、336、910、1888mg/kg bw)DINP混餌飼料を2年間与えた結果、雌雄の4000ppm以上で体重減少、体重増加の抑制、雄の4000ppm以上及び雌の1500ppm以上で肝細胞癌、肝の色素沈着が増加、雌雄の1500ppm以上で腎重量の増加がみられた。これらの結果からNOAELは112mg/kg bwと判断されている。 Cynomolgus monkeyにDINP、DEHPそれぞれ500mg/kg、clofibrate 250mg/kg bwを14日間胃内投与した結果では、いずれの化合物も肝、腎重量、肝のペルオキシゾームベータ酸化、ギャップ細胞間連絡、複製DNA合成、その他肝、腎、精巣の病理所見に明らかな影響を与えなかった。 DINPのエストロジェン活性については、エストロジェンレセプターへの結合性、E-screen(MCF-7細胞を用いた増殖試験)、及び子宮肥大試験では陰性であるが、recombinant yeast screenでは弱陽性(estradiolの1,000,000の濃度でその15%程度の活性)である。 また、DINPはAmes assay、mouse lymphoma mutation assay、ラット初代培養肝細胞を用いたUDS試験、BALB/C-3T3マウス細胞を用いたmammalian cell transformation assayでいずれも陰性、マウス骨髄を用いたin vivoの染色体異常試験では最高用量が5mg/kg bwと低いが陰性であり、非遺伝毒性発癌物質と考えられている。 一般的にペルオキシゾーム(P)増殖剤による肝発癌にはP増殖に基づくacyl CoA oxidaseの誘導、脂肪酸の酸化ならびに過酸化水素の増加に由来する酸化性ストレス、一過性あるいは持続的な細胞増殖作用、前癌細胞の成長(プロモーション)作用などが関与している。持続的な細胞増殖はWy-14643では認められるが、DEHP、clofibrateやDINPでは発癌量でもみられていない。また、プロモーション作用もDINPでは証明されていない。肝発癌の基礎となるPの誘導や細胞増殖作用にはステロイドホルモンレセプターファミリーの一つであるPeroxisome proliferator-activated receptor(PPAR)、特にPPARaが深く関連しており、一旦これが活性化されると、特異的なDNA response elementに結合しresponsive geneの転写活性が増加する。 Pの増殖活性には明確な種差がありラット、マウスは著しく感受性が高く、ハムスターはやや低く、モルモットは感受性がなく、アカゲザルやcynomolgus monkeyなどの霊長類及びヒトでは感受性が著しく低いことが知られている。この原因は主に霊長類ではPPARaの発現量が少ないためと考えられている。雄のPPARa KOマウス(- / -)および野生型マウスに1.2% DEHPを24週間投与して毒性病変について比較したところ、野生型では肝、腎及び精巣に明らかな変化が観察された。一方、KOマウスでは肝臓に変化はみられなかったが、腎及び精巣には毒性変化が認められた。また、同じマウスにP増殖剤であるWy-14,643を0.1%の濃度で11ヶ月間混餌投与した結果、肝腫瘍はKOマウスには発生しなかったが、野生型マウスでは全例に認められた。ヒトにおいては、P増殖能を有する高脂血症剤を3年まで投与されてもP増殖は観察されておらず、15,000人を対象とした8年間の疫学的的観察でも、高脂血症剤が癌を増加させたというような結果は得られていない。従って、P 増殖によって発生する種々の毒性や発癌性は、ヒトには外挿出来ないものと考えられている。 4 ホルモン受容体関連反応性について エストロジェンのリセプター結合試験について、Zacharewskiらによれば、DBP、BBP、DHPなどが弱い結合性を示す中で、DINPは、これに結合能を認めなかった。 組換え酵母を用いたレポーター反応については、Harrisらによれば、DINPは、百万倍希釈のestradiolに対してその15%程度の反応性をもつ弱いエストロジェン様作用が検出されている。(相対活性は、同時に試験したBBP、DBP、DIBP、DEPに較べて弱かった)。 哺乳動物細胞系については、Sotoらの、ヒトの乳癌細胞由来のMCF-7を用いたE-スクリーンの結果によれば、DINPは反応をしなかった。 また、ZacharewskiらのGal-4ルシフェラーゼレポーター導入による一過性形質導入系での試験では、陰性であり、Hela細胞へのGal-4安定形質導入系でも陰性であった。 個体動物試験系については、Zacharewskiらによる動物を用いた試験 (SD系) でも子宮肥大 (子宮湿重量) や膣上皮角化反応を認めなかった。 5 精巣毒性 げっ歯類での毒性試験ではすべてDINP-1が用いられ、幼若F-344ラットに混餌投与した21日試験(BIBRA 1985)あるいは2つの2年間試験(Lington et al 1997, Moore 1998a)、及びB6C3F1マウスに2年間混餌投与した試験(Moore 1998b)が行われているが、いずれも精巣に対する毒性は認められていない。一方、成熟マーモセットを用いた試験では、協和発酵製造の混合物成分不明のDINPを用い、2,500 mg/kg/dayで13週間強制経口投与し(Hall et al 1999)、2才のカニ食いザルを用いた試験ではDINP-1を500 mg/kg/dayで2週間強制経口投与した(Pugh et al 2000)。これらの霊長類の試験でもいずれも精巣に対する毒性は認められていない。 以上のことから、DINPは通常の暴露ではヒトに対しても精巣毒性を発現する可能性は極めて低いと考えられる。 6 生殖毒性 パイロット試験として行われたDINPのSDラットにおける1世代試験は0.5、1.0及び1.5%の混餌投与で行われ、交配、受胎及び出産児数等の生殖指標にはいかなる影響も認められなかった。また、DINP-1 (CAS No. 68515-48-0, > 99.7% pure, Exxon Chem. Co.) のSDラットにおける2世代試験は0.2、0.4および0.8%の混餌投与で行われ、同様に全ての生殖指標への影響は認められなかった。したがって、生殖毒性に関する無毒性量は1世代試験では660-800 mg/kg/day、2世代試験では950 - 1,650 mg/kg/dayとなる。なお、両試験では発育中の体重増加抑制や、肝及び腎の組織学的変化が認められている(Waterman et al 2000)。 以上のように、DINPの生殖毒性に関しては、いずれの試験でも毒性発現は認められていない。 7 発生毒性 DINP-1 (CAS No. 68515-48-0, > 99.7% pure, Exxon Chem. Co.) をSDラットの妊娠6-15日に100、500及び1,000 mg/kg/dayで強制経口投与した実験では、胎児には骨格変異(はん痕様腰肋及び頚肋)及び腎盂拡張がみられ、著者らは母体毒性及び発生毒性の無毒性量はともに500 mg/kg/dayと判断した(Waterman et al 1999)。 しかし、CERHRの専門家会議では統計計算の再検討を著者らとともに行い、発生毒性の無毒性量を100 mg/kg/dayと結論した (CERHR 2000)。この結論は骨格変異及び腎盂拡張の発現頻度から適切な結論と考えられる。DINP-1 (CAS No. 68515-48-0, > 99% pure, Commercial origin.), DINP-2 (CAS No. 28553-12-0)またはDINP-3 (CAS No. 28553-12-0) をWistarラットの妊娠6-15日に40、200及び1,000 mg/kg/dayで強制経口投与した実験において、母体毒性として1000 mg/kg群でDINP-1の投与により、妊娠ラットの摂餌量低下及び肝相対重量増加、DINP-3の投与により妊娠ラットの摂餌量低下、体重増加抑制及び肝相対重量増加が認められたが、DINP-2の投与では母体毒性は観察されなかった。胎児についてはDINP-1, DINP-2及びDINP-3のいずれの投与でも1000 mg/kg群において骨格または内部器官の変異または化骨遅延を有する胎児の頻度の上昇がみられた。200 mg/kg以下の投与ではいずれのDINP投与でも母体及び胎児に対する投与の影響は観察されなかった。 これらの結果から、母体毒性及び発生毒性の無毒性量をともに200 mg/kg/dayと結論した(Hellwig et al 1997)。 上述のWatermanら(2000)の2世代試験の出生児の離乳前に全ての群で体重増加抑制が観察されている。低体重は低用量群の0.2%では生後21日の雌雄に一時的に認められたのみであるが、この用量を最小毒性量(143-285 mg/kg/day)としている(CERHR 2000)。DINP-1 (CAS No. 68515-48-0, Aldrich lot #03005TR, purity = technical)をSD母ラットの妊娠14日から分娩後3日まで与えたところ、750 mg/kgで低頻度ながら雄児に精巣萎縮、精巣上体萎縮及び乳頭保持等が観察され(Gray et al 2000)、1500 mg/kg で雄児の肛門生殖器突起間距離の短縮が観察されている(Ostby et al 2001)。 以上の情報から、DINPの発生毒性の無毒性量は100 mg/kg/dayが適切であると考えられる。 8 結論 DINPのTDIは、2年の混餌投与試験における無毒性量15mg/kg/dayを踏まえ、安全係数として100をとり、150μg/kg/dayとする。 引用文献 2 体内動態 Midwest Research Institute M. 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