残留農薬基準設定における暴露評価の精密化に関する意見具申
第一 はじめに
1 残留農薬基準の設定に当たっては、まず、対象農薬の安全性試験成績に基づき、一日摂取許容量
注1の評価が行われる。一日摂取許容量が設定できると判断された場合には、国際基準等に基づき、残留農薬基準の基準値(案)が設定される。次に、当該基準値(案)を採用した場合に予想される暴露量
注2が試算される。
その結果、予想される暴露量が一日摂取許容量に基づく許容量を超えない場合、国民の健康確保に支障はないと考えられるため、当該基準値(案)をもって、残留農薬基準とされる。
一方、予想される摂取量が許容量を超える場合には、暴露評価に関するすべての要素を再検討し、そのような事態の解消を図ることとなる。
また、一日摂取許容量が設定できないと判断された場合には残留農薬基準は「不検出であること」という基準とされ、当該農薬の農作物への残留が実質的に禁止されることとなる。
すなわち、残留農薬基準の設定に当たっては、一日摂取許容量の評価と暴露量の試算(暴露評価)が中心的な役割を果たしているところである。
2 このうち、一日摂取許容量の評価に関しては、通常、動物を用いた長期にわたる安全性試験成績に基づき、当該農薬が動物に毒性影響を与えない量(無毒性量)を求め、その量をヒトと動物の種差及びヒトの間での差(個体差)を考慮した安全係数(通例100)で除して、一日摂取許容量を定めるという方法が既に国際的に定着しており、わが国でも同様の方法を採用している。
3 一方、暴露評価については、わが国では、理論最大一日摂取量方式(TMDI方式:基準値(案)
注3×平均摂食量
注4の総和)による試算を基本としてきたところである。しかし、本方式による試算は、実際の暴露量に対し、過大なものとなることが明らかにされつつある。
例えば、これまでに残留基準が設定された161農薬のうち、理論最大一日摂取量方式による暴露量の試算値が一日摂取許容量の80%を超えるものは、フェニトロチオンとマラチオンの2農薬のみである。しかし、これら2農薬のマーケットバスケット調査
注5による暴露量の推計値は一日摂取許容量の0.1~2.9%と報告されている。
4 国際的にみると、暴露評価について、科学的により精密な試算方式の採用が進められつつある。世界保健機関(WHO)は専門家会議等における検討を経て、平成9年12月、実際の農作物への残留を調べた試験(作物残留試験)成績に基づく残留量等を基本とする推定一日摂取量方式(EDI方式)からなる指針を公表した。また、米国等においても、同様の方式が既に採用されている。
国連食糧農業機関(FAO)/WHO合同食品規格委員会(コーデックス委員会)において策定される国際基準も、WHOの指針を基本に暴露量を試算し、許容量と比較し、安全性を確認した上で基準を定めることになると考えられる。
5 このような状況において、わが国として暴露評価に関し採り得る方策は、次の2つに大別されるものと考えられる。
① 現行の理論最大一日摂取量方式を維持し、試算された暴露量が一日摂取許容量に基づく許容量を超える場合には、国際基準等より厳しい基準値を採用するなどの措置を講じる。
② 現行の理論最大一日摂取量方式に代えて、より精密な試算方式を導入し、新しい方式により試算された暴露量が許容量を超えない場合には、国際基準等をわが国の基準値として採用する。また、新しい方式による試算においても、暴露量が許容量を超える場合には、国際基準等より厳しい基準値を採用するなど、わが国の食生活の実態においても、暴露量が許容量を超えることがないよう必要な措置を講じる。
しかしながら、上記(1)の方策は、平成6年12月にわが国の国会において批准され、平成7年1月に発効した世界貿易機関を設立するマラケシュ協定(WTO協定)の一つである衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)からみて、適当ではないと考えられる。SPS協定は、関連する国際基準がある場合、加盟国は、原則として、それに基づき措置を採ることを義務付けており、国際基準より厳しい措置を講じることができるのは、科学的に正当な理由がある場合等に限られている。一方、理論最大一日摂取量方式により試算された暴露量は、前述のとおり、実際の暴露量に対し、過大なものとなることから、(1)の方策は、SPS協定違反となるおそれがあるものと考えられる。
6 本分科会としては、上記(2)の方策が、科学的に妥当であり、かつ、国際社会の一員たるわが国としてもふさわしいものと考えるところであるので、今後の暴露評価のあり方について検討した結果を以下のとおり、報告する。
第二 残留基準設定における暴露評価の現状等
1 暴露評価の現状と問題点
(1) 現在、残留農薬基準設定における暴露評価に当たって基本として用いている理論最大一日摂取量方式は、農作物ごとの基準値(案)に当該農作物の平均摂食量を乗じて得られた暴露量を、基準を設定しようとするすべての農作物について求め、その総和をもって、当該農薬の暴露量とするものである。
従って、この方式は、基準値を設定しようとするすべての農作物に、基準値(案)の上限まで農薬が残留しているものと仮定している。
(2) しかしながら、基準値(案)を農作物への農薬残留量の代表値として用いる本方式の試算結果は、
① ある農作物のすべてが、特定の農薬で処理されることはないこと、
② ある農薬で処理された農作物のうち、残留基準の上限までその農薬が残留しているものはほとんどないこと、
③ 残留農薬は、多くの場合、農作物の保管、輸送、加工、調理等の過程で減少すること、
④ 残留基準は原則として農作物全体に適用されるが、残留する大部分が非可食部を取り除く過程で除かれること、
等の要因により、実際の暴露量を反映したものとなっていないという問題が指摘されている。
上述のマーケットバスケット調査の結果との乖離や、わが国で流通している農作物における残留農薬検査結果(表1、表2)等は、その問題を明らかにしているものと考えられる。
(3) 平均摂食量については、食品摂取量を調査している国民栄養調査が、従来、個人別でなく世帯別であったこと等から国民平均の一日一人当たり摂食量を暴露量の試算に用いてきたところである。暴露量と比較する許容量の基となる一日摂取許容量は、一生涯にわたって摂取し続けたとしても健康確保に支障がない量であるため、暴露量の試算に用いる摂食量は国民平均の値で差し支えないものと考えられる。
しかしながら、食品摂取量の調査方式に関しては、平成7年の調査より、個人別調査に変更されたこと等から、幼小児等については、別途、試算を行うべきであるとの指摘もなされている。
2 WHO指針の概要
(1) 平成9年12月に公表されたWHO指針においては、長期の農薬への暴露について、理論最大一日摂取量方式による暴露量の試算を、許容量を超えないことを確認するスクリーニングの手段と位置づけている。その上で、理論最大一日摂取量方式により試算された暴露量が許容量を超えた場合、推定一日摂取量方式を用いてより精密な試算を行うべきであるとしている。
(2) WHOの推定一日摂取量方式は、各農作物ごとの農薬の残留量に当該農作物の摂食量を乗じて、その総和をもって暴露量とするという点においては、理論最大一日摂取量方式と同じであるが、各農作物における農薬の残留量や当該農作物の摂食量について、関係する試験成績に基づき、次の事項を考慮しようとするものである。
◎国際的にも各国レベルにも適用できる事項
*作物残留試験で得られた残留レベルの中央値
*可食部における残留
*加工調理の残留レベルへの影響
*当該農薬の農薬目的以外への使用
◎各国レベルにのみ適用できる事項
*当該農作物が当該農薬で処理される割合
*当該農作物の国産と輸入の割合
*モニタリング及び監視データ
*マーケットバスケット方式等による一日摂取量の調査
*幼小児等の摂食量のデータ
第三 新しい暴露評価の基本方針
本分科会としては、わが国の現状を踏まえ、現在の科学技術の水準に応じ、国民の健康確保を第一義として、次の基本方針に則り、より精密な暴露評価の手法を導入することが適当であると考える。
① 作物残留試験成績、可食部の残留農薬に関する試験成績、加工調理の残留農薬への影響に関する試験成績等に基づく科学的な暴露量試算方式(日本型推定一日摂取量方式、第四の3参照)の採用
② 国民平均に加え、幼小児、妊婦、高齢者ごとの暴露評価の実施
③ 基準設定農作物以外の食品、水、空気等を介した農薬の暴露への配慮
④ 基準設定後の定期的見直し
⑤ マーケットバスケット調査等による基準設定後の残留農薬の暴露実態の把握
なお、上記により試算された暴露量又は基準設定後に調査された暴露量が許容量を超える場合には、それぞれ、基準値(案)又は基準値を厳しくする等適切な措置を講じることとする。
第四 新しい暴露評価に関する具体的方策
1 残留農薬基準設定における暴露評価の意義
残留農薬基準設定における暴露評価は、実際の暴露量そのものの試算を目的とするものではない。ここでいう暴露評価の意義は、当該基準(案)が採用され、運用された状況下において、実際の暴露量が許容量を超えないことを確認することにより、設定される基準が国民の健康確保に支障がないことを明らかにすることにある。
2 新しい暴露評価の概要
(1) 残留農薬基準設定における新しい暴露評価は、各農作物ごとの農薬の残留量に当該農作物の摂食量を乗じて、その総和をもって暴露量とする点においては、理論最大一日摂取量方式及びWHOの推定一日摂取量方式と同様であるが、各農作物における農薬の残留量や当該農作物の摂食量等について、次の事項を考慮することとする。
① 作物残留試験で得られた残留レベルの平均値等
② 可食部における残留
③ 加工調理の残留レベルへの影響
④ 幼小児等の摂食量を用いた暴露評価
⑤ 基準が設定される農作物以外の食品、水、空気等を介した農薬の暴露
上記1で述べた暴露評価の意義に鑑み、理論最大一日摂取量方式による試算によっても許容量を超えない場合には、より精密な新方式による試算を行う必要はない。また、新方式を採用する場合においても、試算された暴露量が許容量を超えないことを確認できれば、必ずしも全農作物について上記の①~③のすべての事項を検討する必要はない。
一方、これらの事項のうち、④及び⑤については、理論最大一日摂取量方式により安全性が確認できる場合にも考慮することが必要である。
また、WHOの推定一日摂取量方式において考慮するとされている事項のうち、「当該農作物が当該農薬で処理される割合」及び「当該農作物の国産と輸入の割合」については、当該農薬の販売登録が新たになされるなど大きな経時変動が想定され得ること等から、慎重に対応するものとする。
(2) 具体的には、基準設定農作物からの暴露量を、日本の実状に則した推定一日摂取量方式(日本型推定一日摂取量方式)により、国民平均並びに幼小児、妊婦及び高齢者についてそれぞれ次のとおり試算して求める。
(基準値設定農作物について以下同様に加算した総和)
他方、農作物からの許容される摂取量を、国民平均並びに幼小児、妊婦及び高齢者についてそれぞれ次により求める。
上記で求めた暴露量と許容される摂取量とを比較することにより、幼小児、妊婦、高齢者を含めた国民全体について、わが国の食生活等の実態に即した安全性の確保が可能になるものと考えられる。
新しい暴露評価の方法
第一段階
国民平均、幼小児、妊婦、高齢者について、理論最大一日摂取量方式を用いて試算された暴露量をそれぞれに対応する許容される摂取量(水、空気等からの暴露を考慮した上で設定される)と比較する。
その結果、いずれの場合においても試算された暴露量の方が小さい場合、安全性が確保されると考えられるため、これ以上の試算は行わず、試算の前提となった基準値(案)をもって残留基準値とする。一方、いずれかの場合において、試算された暴露量の方が大きい場合、第二段階の試算を行う。
第二段階
国民平均、幼小児、妊婦、高齢者について、日本型推定一日摂取量方式を用いてより精密に試算された暴露量をそれぞれに対応する許容される摂取量と比較する。
その結果、いずれの場合においても試算された暴露量の方が小さい場合、安全性が確保されると考えられるため、試算の前提となった基準値(案)をもって残留基準値とする。一方、いずれかの場合において、試算された暴露量の方が大きい場合、第三段階の措置を講じる。
第三段階
第一段階、第二段階の試算の前提となった基準値(案)では、国民の健康確保に支障 を生じるおそれが否定できないため、当該基準値(案)より厳しい基準値を採用するなど適切な措置を講じる。 |
3 日本型推定一日摂取量方式の具体的内容
新しい暴露評価において導入する日本型推定一日摂取量方式においては、次の(1)から(4)により、暴露量試算に用いる農薬の残留量を科学的な試験成績等に基づき求めるものとする。
(1) 作物残留試験における残留量の平均値等の採用
① 理論最大一日摂取量方式においては、個々の農作物に残留基準値の上限まで農薬が残留しているものと仮定した上で、暴露量の試算が行われている。しかし、残留基準値のレベルまで農薬が残留している食品は、上述のとおり、ほとんど存在しないことから、実際の残留レベルをより正確に反映することが必要である。
農作物への農薬の残留については、作物残留試験により、一定の条件下で実際に農薬を使用して農作物にどの程度残留するか予め試験が行われている。
このため、作物残留試験成績に基づき、暴露量を試算することが適当であると考えられる。試算に当たっては、実際の残留量を下回るものとならないこと、長期的な暴露量の試算という目的に沿ったものであること等の要件を満たすことが求められる。
このようなことから、一定の条件下で実施された複数の作物残留試験における残留量の平均値を基本として暴露量の試算を行うことが適当であると考えられる。
② 具体的には、作物残留試験に基づいてより正確な残留レベルを求めようとする農作物について、原則として、当該農薬を認められている範囲で最も多量に用い、かつ、最終使用から収穫までの期間を最短とした場合の作物残留試験(いわゆる最大使用条件下の作物残留試験)を複数実施し、それぞれの試験から得られた残留量の平均値をもって、当該農作物中の農薬残留量の代表値とする。この際、個々の作物残留試験において、当該農薬の残留が検出できない場合にあっては、原則として、分析に用いた検査法の検出限界をもって残留量とする。
また、複数の作物残留試験から得られた残留量の分布等からみて適切であると考えられる場合には、中央値等の平均値以外の代表値を用いることも考慮すべきである。
必要となる作物残留試験の数については、個々のケースごとに検討することが必要である。FAOの指針においては、個々の農薬・農作物の組み合わせごとに6試験以上の実施が求められている。
さらに、食品中への農薬の残留量は、農薬の使用方法、気象条件等により異なることから、本試算を輸入品に適用する場合にあっては、国、地域ごとの検討が必要であるが、これらの条件等が同等と考えられる国、地域にあっては、まとめて検討することが可能である。
③ なお、WHO指針においては、暴露量の試算に最大使用条件下における作物残留試験の中央値(STMR:supervised trial median residue)を用いることとされているが、作物残留試験成績の数が限られていることなどから、現段階においては、平均値を基本とし、必要に応じて、中央値等を考慮することが適当であると考える。
(2) 非可食部の除去による影響の考慮
バナナ、パイナップル等は皮を食さないが、残留基準は皮等の非可食部を含めて、多くの場合、流通時の形態について設定されている。しかしながら、実際に摂取するのは、可食部に含まれる農薬であるため、暴露量の試算においては、可食部に残留する農薬の割合を考慮することが必要である。
具体的には、農薬と農作物の組み合わせごとに基準設定対象の農作物全体と可食部(バナナの実と果実全体、玄麦と小麦粉等)の残留農薬濃度に関する試験を行い、可食部係数を求めることにより、実際に摂取される農薬レベルにより近い暴露量が推定できると考えられる。
なお、対象となる農作物については、わが国の食習慣に照らし、一般にどのような部分が食べられているかを検討することが必要である。
可食部係数とは?
例えば、ある農薬をバナナに使用した場合、果実全体では1ppmの濃度で残留すると仮定する。バナナを食べる時に皮を剥く。このバナナの実の残留濃度が0.1ppmであったとすれば、結果的にヒトの体内に摂取されるバナナ中の農薬の濃度は0.1ppmであって、1ppmではない。この可食部と農作物全体の残留濃度の比、この場合は0.1、を可食部係数と呼ぶ。
すなわち、非可食部を含む農作物全体の残留レベルに可食部係数を掛けることにより、実際に食べる可食部の残留レベルが求められる。
なお、可食部係数を求める試験は、場合によって、(1)に述べた残留レベルを求める作物残留試験と一緒に行われることもある。 |
(3) 加工調理による残留への影響の考慮
農薬は収穫後の保管、輸送、加工、調理の過程で多くの場合減少するが、暴露量の試算において、現実に考慮に入れることが可能であると考えられるのは、加工調理による減少という要因である。
具体的には、農薬と農作物の組み合わせごとに、生の状態の農作物と加工調理後の食品(米とごはん、綿実と油等)の残留濃度に関する試験を行い、加工調理係数を求めることにより、実際に摂取される農薬レベルにより近い暴露量が推定できると考えられる。
なお、対象となる農作物については、上記と同様、わが国の食習慣に照らし、一般にどのような加工調理が行われているかを検討することが必要である。
また、加工、調理等においては、残留農薬はほとんどの場合減少するが、加工、調理等の過程で、より毒性の強い分解物等が生じていないかについても、留意する必要がある。
加工調理係数とは?
例えば、米にある農薬が1ppm残留したと仮定する。この米を水で研いで炊くことにより残留する農薬の70%が減少するとすると、食べられる状態では、農薬の残留レベルは米中の濃度に換算して0.3ppmである。
この加工調理の前と後の残留濃度の比、この場合は0.3を加工調理係数 と呼ぶ。
すなわち、生の状態の農作物の残留レベルに加工調理係数を掛けると、加工調理後の残留レベルが求められる。 |
(4) その他
当該農作物が当該農薬で処理される割合、及び当該農作物の国産と輸入の割合については、2で述べたとおり、慎重に対処することとし、経時的に大きく変動しないこと等を示す明確なデータがある場合等に限り、考慮することとする。
4 幼小児等の暴露量試算の実施
残留農薬基準設定における暴露評価には、農作物に残留する農薬の量とともに、当該農作物の摂食量の値が必要となる。従来から、この値として、食品摂取量の調査の結果から得られた国民一人当たりの平均摂食量を用いてきたところである。
食品摂取量の調査は平成7年度の調査から、個人別調査に改められたことにより、国民全体の平均摂食量のみならず、年齢別、性別等の各階層ごとの摂食量を用いて暴露量を試算することも可能になった。
許容量の基となる一日摂取許容量は、一生涯にわたって毎日摂取しても安全な量であるため、仮に短期間、この許容量を超えて暴露されることがあっても、ただちに安全性上の問題には結びつかないと考えられるが、国民全体の平均摂食量に基づく暴露評価に加え、摂食パターンの違い等に配慮し、幼小児(6才以下)、妊婦、高齢者(65才以上)については、各々の平均摂食量に基づく暴露評価を行うことが適切である。
なお、食品摂取量の調査の結果、平均摂食量が「0.0g」とされているものについては、四捨五入されたものであることに配慮し、暴露評価にあっては、「0.1g」として試算するものとする。
また、暴露量の試算においては、せんべい、うどんといった加工食品についても、従来から、それぞれ米、小麦など原料である農作物に換算して農作物ごとの摂食量を算出しているところであり、今後とも同様に取り扱うべきであると考えられる。
5 基準設定農作物以外の食品、水、空気等を介した農薬の暴露への配慮
基準が設定される農作物以外の食品、水、空気等を介した農薬の暴露量(水等からの暴露量)は、既存の農薬に関する調査結果をみる限り、一般に、その量は極めて限られたものとなっている。しかし、これらの暴露量を試算するためには、環境中の動態等を詳細に検討する必要があること等から、残留農薬基準設定に当たり、その量を正確に試算することは困難である。
このため、米国においては、水等からの暴露量が一日摂取許容量の20%を超えることはないとの前提にたって、基準が設定されるものからの暴露量を、特別な理由がない限り、一日摂取許容量の80%以下とすることを基本としている。また、WHOは水道における基準を策定する際に、一日摂取許容量の10%を超えないことを原則としている。
このような国際的な動向も踏まえ、残留農薬基準設定における暴露評価に当たっては、試算された暴露量が一日摂取許容量の80%を超えないことを基本とすることが適当であり、農作物からの許容される摂取量の算出に当たっては、一日摂取許容量に平均体重を乗じたものに、係数として0.8を掛けることとする。なお、水等からの暴露量の試算が可能な場合においては、当該試算結果に基づくものとする。
6 基準設定後の定期的見直し
残留農薬基準は、当該農薬が用いられる農作物に対して設定されるが、基準設定後に適用が拡大される場合には、それらの農作物に対しても、基準を設定していく必要がある。国内及び国外において新たに適用が追加された農作物に関し、逐次基準を設定していくことは実務上困難であるとしても、一定期間(3~5年程度)ごとに定期的な基準の見直しを行うなどして、適切に基準を追加、変更していくことが望ましい。
7 マーケットバスケット調査等による残留農薬の暴露実態の把握
残留基準設定時には、基準の設定により残留量がコントロールされた状態における当該農薬の暴露量を調査することが不可能であること等から、何らかの試算を行わざるを得ないところであるが、実際の暴露量の把握という観点からすれば、上述のような暴露量の試算によらず、マーケットバスケット調査等により農薬の暴露量の実態を把握することが可能である。
従って、基準設定から一定期間をおいて、マーケットバスケット調査等を実施し、暴露量の実態を把握することが必要である。上記に提案した暴露量試算の方法は実際の暴露量を下回るものではないため、その可能性はないものと考えられるが、仮にマーケットバスケット調査等により調査された暴露量が許容される摂取量を超えると判断される場合にあっては、現行の基準値をより厳しい基準値に変更するなどの方策が必要である。
なお、マーケットバスケット方式による調査等の実施に当たっては、日本型推定一日摂取量方式により暴露量の試算を行った農薬を優先的にその調査対象とすることが望ましい。
第五 おわりに
残留農薬基準の設定に当たり、暴露評価は、基準値の妥当性を検証する重要なステップであり、本分科会としては、WHOの担当官を招へいするなど7回にわたり慎重な議論を積み重ねたところである。本報告は、現時点における科学技術の水準を反映したもので、今後の調査研究の成果等を踏まえ、適宜見直しが必要となることは言うまでもない。ここで提案した日本型推定一日摂取量方式を中心とする新しい暴露評価の手法が広く国民の理解を得て、国民の健康確保に寄与することを期待したい。
また、ここで述べた新しい精密な暴露評価は国内および国外における農薬の適正使用が担保されて初めて意味を持つものであることは言うまでもなく、これが機能するためには、農薬の適正使用が推進される必要があることを申し添える。
さらに、暴露評価にあたっては、偏った食事をする個人を含む全ての人々を考慮に入れることは実質的に困難であり、健康増進の観点からも、偏食の習慣等を避け、バランスの取れた食生活を習慣づけることが肝要である。
なお、残留農薬に関する調査研究は、残留農薬行政の基盤を支えるものとして重要であり、一層推進されるべきである。次にあげる研究については、特に積極的な取り組みが図られるようお願いしたい。
① 残留農薬の内分泌かく乱作用に関する研究
② 複数の農薬による相互作用等に関する研究
③ 残留農薬の急性的影響に関する研究
④ 迅速かつ効率的な残留農薬分析法の開発
⑤ 食品摂取量の季節変動等に関する研究
文中の注について:
注1 一日摂取許容量(ADI)とは、ヒトが一生涯にわたって毎日その量を摂り続けても安全と考えられる量であって、通常、体重1kg当たりのmg数で表される。
注2 対象農薬の予想される暴露量とは、ある農薬を農作物へ使用した場合に、その農薬が残留した農作物をヒトが食べることにより結果的に摂取される農薬の量である。
注3 基準値(案)は、国際基準や作物残留試験における当該農薬の残留レベル等に基づいて設定される。
注4 平均摂食量は、食品摂取量の調査から得られた当該農作物の一人当たり一日平均摂食量
注5 マーケットバスケット調査とは、食品摂取量の調査を基に市場で流通している農作物等を、通常行われている調理方法に準じて調理を行ったのち化学分析し、対象とする物質(ここでは農薬)の暴露量の実態を調べたものである。
注6 暴露量は基準設定対象の農作物からの暴露量であり、国民平均、幼小児、妊婦、高齢者それぞれについて算出する。
注7 残留レベルとしては、作物残留試験成績、可食部の農薬残留に関する試験成績、調理・加工の残留農薬への影響に関する試験成績等に基づく農薬の残留量を用いる。
注8 摂食量としては、食品摂取量の調査から得られた国民平均、幼小児、妊婦、高齢者それぞれについての農作物ごとの摂取量を用いる。
注9 平均体重は、国民平均、幼小児、妊婦、高齢者それぞれについて、食品摂取量の調査の対象者から得られた値を用いる。
注10 基準設定農作物以外の食品、水、空気等を介した農薬の暴露に配慮した係数であり、0.8(80%)を基本とする。